横浜地方裁判所 昭和51年(ヨ)1121号 判決
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【判旨】
二そこで、右一の事実に基づき、申請人の本件経歴秘匿が懲戒解雇事由たり得るか否かについて検討する。
1 <証拠>によれば、被申請人の就業規則第七一条一項には懲戒解雇事由が列挙され、その一号には「選考試験の際または採用に当り会社に提出した履歴書その他の書類の記載内容が事実と相違し、または重大な点につき記載もれのあることが判明した者」と規定されており、また申請人が採用試験受験の際、被申請人に提出した被申請人備付けの身上調査書の学歴、職歴欄の後書に「上記の通り相違ありません。したがつて記載内容が事実と相違した場合には入社後といえども採用を取消され、又は解雇されても異存ありません。」との不動文字での記載があり、それに申請人が署名押印していることが認められる。
右によれば、採否決定に重要な影響を及ぼす学歴、職歴の秘匿は右就業規則第七一条一項一号の懲戒解雇事由に該当するものというべきである。
2 しかして、申請人は、前記一の1、2のとおり、真実は昭和四一年三月都立千歳高校を卒業し、昭和四二年四月に三重大学に入学、昭和四七年三月同大学を中退し、同年四月一〇日から昭和四八年七月二五日まで川崎市在所の日本硝子川崎労働組合の専従書記として勤務していたにもかかわらず、右身上調査書の学歴、職歴欄には右三重大学在学、日本硝子川崎労働組合在籍の事実を記載せず、上記高校卒業後昭和四一年四月から昭和四五年四月まで東京都世田谷区叔父宅で昭和四五年四月から昭和四八年四月まで滋賀県伊賀郡亡夫の実家でそれぞれ家事手伝いに従事した旨記載申告しているのである。
ところで、三重大学在学秘匿の点については中退であるとしても五年間もの長きに亘り在学していたものであり、これに直前の職歴である日本硝子川崎労働組合在籍秘匿を併わせると、申請人の右経歴秘匿は採否決定に重要な影響を及ぼす経歴の秘匿にあたるものというべく、このことは<証拠>によれば、申請人が右の点について真実の申告をしていたならば、被申請人としては、申請人の採用についてより慎重となり、少なくともその身上についてさらに調査を継続したであろうこと、そして申請人が所謂中核派と密接な関係にあることが判明したならば、被申請人は申請人を採用しなかつたであろうことが一応認められるところからも裏付けられる。
なお、申請人は、その経歴秘匿により被申請人においてはその企業秩序維持について何らの具体的な危険が発生していないから懲戒解雇事由たり得ない旨主張しているが、しかし詐称、秘匿の内容が重要であれば、それは当該労働者の不信義的性格の大きな徴憑というべく、懲戒解雇事由としての客観的合理性は具備されているものと解するのが相当であるので、右主張はにわかに肯認し難い。のみならず、前記一の4の(2)のとおり申請人は昭和四九年八月三一日中核派と革マル派との所謂内ゲバに関連して同年九月二三日まで逮捕、勾留され、その間欠勤して被申請人の業務の遂行に少なからざる支障を与えていることや前記一の4の(3)のとおり申請人は革マル派からの襲撃を恐れて、被申請人に従業員として要請されている真実の現住所の申告も被申請人から執拗に求められるまでしていなかつたことなどの事実に照らすと、申請人がいう所謂具体的危険が発生しなかつたとはにわかに解し難いから、いずれにしてもこの点の申請人の主張は採るを得ないものである。
3 次に申請人は、申請人が昭和四九年八月三一日から同年九月二三日まで逮捕、勾留された直後に被申請人としては申請人が三重大学に在学していたことおよび申請人が中核派に属し、その亡夫武藤一郎の死因も革マル派の襲撃によるものであることを知つたものであり、そして、それ故に申請人に対し、従来のインテルサツト・プロジエクトチームから同部業務グループへの配置換えといういわば一種の懲戒処分を課したものであるから、本件解雇は二重の処分であり、仮りに然らずとするも、右経歴秘匿の事実を知つてから二年間経過した後になつて右事実を理由としてなした本件解雇は解雇権の濫用である旨主張するので検討する。
たしかに、前記一の4の(2)のとおり、被申請人は申請人の右逮捕、勾留の直後である昭和四九年一〇月には申請人が三重大学に在学していたことや中核派に属していたことなどの大筋を知り、これに関連して申請人を従来のインテルサツト・プロジエクトチームから同部業務のグループへの配置換えをしているが、<証拠>によれば、被申請人が右配置換えをなしたのは申請人が二〇余日間も逮捕、勾留されて欠勤したことにより右プロジエクトチームの業務の遂行に少なからざる支障を来たし、その契約先であるヒユーズ社からも苦言を呈されたことから今後同種事態の発生をも懸念して同部業務グループへ配置換えをしたものであり、右配置換えによつて就労場所の変更、賃金の低下などの申請人の権利義務に直接的な変動は生じなかつたことが認められるところからすれば右配置換えをもつて一種の懲戒処分と評価することはできず、したがつて申請人の二重処分であるとの主張は採用できない。
また、本件解雇は被申請人において申請人の学歴秘匿等を知つてから約二年間経過したあとになされてはいるが、しかし、前記一の4の(2)ないし(4)のとおり被申請人は右秘匿の事実を知つた昭和四九年一〇月に申請人に退職勧告をなしたが申請人がこれに応じないのでやむなくその動静を見守もることとしたもので、右秘匿を容認し、これを将来的に不問に付す趣旨にて雇用関係を続行したものではなく、加えてその後本件解雇直前である昭和五一年七月には被申請人は新たに申請人の日本硝子川崎労働組合在籍という職歴秘匿を知るとともに、上述来の経歴秘匿と密接な関連性を有し、いわばその延長線上に位置する申請人の被申請人に対する現住所不申告の所為をも知るに至つて本件解雇を決着するに至つたのであり、以上のような事情に同年八月における申請人と被申請人間の現住所申告に関する折衝の経緯、とりわけ申請人の対応を加味して考えると本件解雇が被申請人の学歴秘匿等を知つてから約二年間経過してなされたという一事をもつてはいまだ解雇権を濫用したものと解することはできず、この点の申請人の主張もまた採用し難く、他にも解雇権を濫用したものと認め得る疎明は見あたらない。
4 右1ないし3の判断によれば、申請人の三重大学在学秘匿を中心とする本件経歴秘匿は懲戒解雇事由たる就業規則第七一条一項一号に該当するので、本件解雇はそれなりの理由があり、有効なものというべきである。
(本田恭一)